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見江山 大蔵院の歴史(詳細)

【開創について】

当院の開山は中巌円月禅師、開基は 赤松祐尚公と伝わっています。

記録に残っているのは 以下の2点です。
・開山 中巌円月禅師は、応安8年(西暦1375年)1月8日、建仁寺にある妙喜世界で示寂
・開基 赤松祐尚公は 応安8年(西暦1375年)には 、生まれていません。

当山が開創が 中巌禅師の生前なら、 応安8年(西暦1375年) 以前ということになりますが、
当院の開基、赤松祐尚公は、この時、生まれておらず 辻褄があいません。

 臨済宗や曹洞宗などの禅宗では、創建者を敬い、生前・死後を問わずに開山とすること(勧請開山)があるので、大蔵院も これに習ったものと推測されます。

 嘉吉元(1441年)年6月24日、赤松家当主、赤松満祐(すけなお)は室町幕府6代将軍、足利義教を暗殺しました。世にいう「嘉吉(かきつ)の乱」です。幕府が追討軍を差し向け、赤松家はこの年の9月に滅ぼされます。

「嘉吉の乱の際、祐尚公の陣屋を寺にしたのが、大蔵院である」という話が、当院に伝わっています。明石市が立てた看板にも、そう書いているのですが、裏付ける資料が無く、正確なところは不明です。
 
ついでながら、当院開基 赤松祐尚(すけなお)公は、赤松円心(えんしん)公の「孫」ではなく「ひ孫」にあたります。

大蔵院 立て札の写真

大蔵院の創建については、西暦1441年に起こった嘉吉の乱が、関わっていたと伝わっています。乱が起こった当時の記録は幾つかあるものの、開山 赤松祐尚公の消息については、祐尚公が幕府軍と戦ったとするモノから、嘉吉の乱の前に亡くなっていたとするモノなど、様々で、詳細が掴めません。後世の記録になりますが、当院に伝わる記録には、嘉吉元年の5月に、祐尚公は亡くなったとされているため、1400年代前半に 大蔵院は創建されたものと推測しています。

遺跡 赤松祐尚夫妻の墓の写真
遺跡 赤松祐尚公夫妻の墓

【中興】

開創から260年間 記録が失われています。この事については、大蔵院の第8世、大解宗脱和尚の「前住統紀」に、こうにあります。  

開山と中興開山の間が260年程隔たりがあるが、その間當院は廃退して誰が住職としてここに住したか判らず、又歴代の位牌も無い。又、風評も無い。というのも天下が荒れて戦争などが起こって万民も行方が判らなくなり、神社仏閣も多くは破壊され、修理も出来ないままになっている。ついに寺院が粗末なあばら家となり民家と同じようになってしまっている状態が続いていた。

この間にも、住職は居たようですが、記録がありません。嘉吉の乱から260年ほど経った頃、中興開山、天翁慶祐座元禅師の名が記録に現れます。

天翁禅師は、出自記録こそ無いものの、示寂は、寛永12年(1635年)3月15日と記録に残されています。そこで、寺を中興された天翁慶祐座元禅師を大蔵院の2世として扱い、2022年現在の第18世まで歴代住職が続いています。

ちなみに 東京大学 名誉教授 玉村竹二教授が東大を退官論文で 大蔵院の歴史を研究されています。<論説>播磨大蔵院考 玉村、竹二 東京大学史料編纂所報第4号 1970.3

【歴代住職 一覧】

開山   中巌円月禅師(~ 応安八年一月八日 没)
中巌円月 木造の写真


第二世  天翁慶祐和尚(~ 寛永十二年三月十五日 没)

第三世  得岩宗鑑和尚(~ 慶安四年四月七日 没)

第四世  舊田智藍和尚(~ 天和二年一月七日 没)

第五世  蘭州祖秀和尚(~ 正徳二年七月八日 没)

第六世  南嶺宗常和尚(~ 享保十四年十二月三日 没)

第七世  法岩宗珉和尚(~ 延享元年四月十五日 没

第八世  大解宗脱和尚(~ 宝暦十二年九月十四日 没)
     白隠禅師と交流在り
    「禅語俗語解」の作成
    「中巌禅師語録」「東海一漚集」の出版
     その他、色々な書物を残す

第九世  秀峰宗逸和尚(~ 寛政四年二月十八日 没)
     第八世 大解宗脱和尚と共に
    「禅語俗語解」の作成
    「中巌禅師語録」「東海一漚集」の出版

第十世  鳳州宗眼和尚(~ 文化六年十二月十一日 没)
     (平成末/2018年まで存続していた)本堂を再建
建替え前の本堂の写真 

第十一世 春荘和尚(~ 弘化二年六月二十八日 没)

第十二世 固道和尚(~ 明治三年三月十六日 没)
    ・コレラが流行ったため、御札を配る(記事はこちら
    ・当院の檀家で、明石藩家老の池田氏から出家された 澤栄和尚と交流
    ・澤栄和尚より山門(2022年現在、現存)が寄贈される
山門の写真 卻瘟神呪の印刷物

第十三世 月窓和尚(~ 明治二十六年八月十五日 没 )

第十四世 誠洲紹實和尚(~ 昭和十二年八月二十日 没)

第十五世 東冥和尚(~ 大正四年七月一日 没)

第十六世 宗峰恵超和尚(~昭和六十三年四月二十八日 没)
     当時の南禅寺管長 柴山全慶禅師を招き、開山中巌円月禅師の六百年大遠忌を挙行
     鐘楼(しょうろう)・茶室を建築
鐘の写真 茶室の写真

第十七世 藏峰憲宗和尚(~平成十九年五月四日 没)
     旧庫裏改築 新庫裏増設
庫裏の写真

第十八世 隆峰徳宗和尚 現住
     令和元年、本堂を再建
棟上げ式の写真

般若心経
大悲呪
昔の本堂の様子と 新本堂を再建する様子
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